「まとも」な社会で「まとも」な買い物をしたい、それはほんとうに難しいのです。
買わない生活になって、なによりも思うことは、「むかしは、なにをあんなに買っていた」んだろう、ということです。外での飲食や、旅行での「お土産」、日用品、必要のない衣類など、深く考えず、よく買っていたなと思います。家でくつろいでいると、母親にデパートやショッピングセンターに連れて行かれ、買い物につきあっていました。
そういうあれこれをしなくなると、生活というか、人生そのものがすっきりします。楽になる、と言ってもいいかもしれません。衣類にしてもちゃんと古くなるまで着ます。そんな当たり前のことすら、ずっとやれていなかったんだな、とつくづく思います。
しかし、わたしは人間なので、やはり必要なものは買わなくてはならず、ときどきは買い物に行きます。下着、インナーなど毎日着るものはやはりときどきは買い替えるしかないので、買いにいかなければなりません。どこでどんなものを買おうか、それは毎回真剣に悩みます。それ以外はリサイクルショップでいいんだけれども。以前よく行っていた商店街が「再開発」とかでなくなって、けっこう不便です。再開発とか、そういうのは、誰の何のためにあるのでしょうか。地元で地道に生活している人たちにとっては、ただただ不便になるだけではないのでしょうか。
デパートは行きたくないのです。ファーや皮革は見るだけでも辛いからです。必要なものは揃うだろうけど、辛い気持ちでモノを買うのはもうやめたいのです。
ディスカウント系もいやです。不当に安いことはおかしいことです。
ああ、ほんとうに生活はむずかしいです。何も考えなければそうではないのかもしれませんが、わたしには難しいです。
「まとも」な社会で「まとも」な買い物をしたい、それはほんとうに難しいのです。