運動まで、エゴで汚さないでほしい。切実に思う。
↑必読「ソウルヨガ」
こういうのはどこにでもある。運動にもある。
反原発デモで女性が水着を着ていたということで、それをどう思うかは、運動内部でもいろいろ意見があった。わざとギャルっぽい、女性っぽい恰好でデモに行く、化粧はする、という意見もある。そのほうがいい、という意見もある。
アニマルライツでも同様。目立つために水着、あるいはセミヌードになる、ということが肯定されやすい。
避難者の女性のヌード写真が「反原発」として展示されていて、嫌がったのはわたしだけだった。やめてほしい。見たくないよ。てゆうかなんで脱ぐの?そんなに見せたいの?
わたしはそういうのをいやだ、と思う方である。結局自分が承認されたいんだろうと思う。まあ、普段、承認されない分、運動で、というのも分からないではないけど、でも、それを認め出すときりがない。結局運動も、エゴと欲でまみれてしまう。
運動まで、エゴで汚さないでほしい。切実に思う。
そういうことが分かる人と、確実につながっていきたい。