知恵蔵日記( ..)φ

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本を読んでも人間界の中だけでの出来事に、もはや興味を持てない。

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わたしだって、前は無邪気に映画をみたり、カフェに行ってなんでも食べたり、ほしいものをなにも考えずに買ったり、ライブに行ったり、パーティに行って意味のない話をしたりしていたんだよ。

 でも、もう、ほんとうにそういう世界から離れてしまった。そこにいるのが辛くなってしまった。なにも知らず、考えず、知ろうとせず、知っていても無視し続ける人たちと、楽しく過ごす、なんていうことができなくなってしまった。彼らが祝うことをわたしはめでたいと思わず、彼らが信じる価値観をわたしは持たず、彼らが使うことばを、わたしは理解できなくなってしまった。そんな場所に、どうして居続けることができるだろうか?

 むかし観たはずのたくさんの映画やドラマも、もう思い出せない。それをときどき動画で見てもなんかこんなにつまらなかったっけ?と落胆してしまうから、見れない。

本を読んでも人間界の中だけでの出来事に、もはや興味を持てない。

 

 わたしは、場所がほしいのだ。わたしがほんとうにくつろげて、生き物たちが殺されず、脅かされずくつろげて、本当になかまと呼べる人だけがやってくる、そんな場所がほしいのだ。そんな場所が見つかれば、わたしは猫たちを連れて、明日へでもそこへ向かおう。そこをわたしは最期の場所にする。

 

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動物 | 未来をつくる生活を提案するヴィーガンエシカルサイト Hachidory

生きてたって別にいいことがあるわけじゃないけど、でも生きてるんだから今日も、生きるしかない。という結論にいつもいつもたどり着いてしまう。

まあ、生きてたって別にいいことがあるわけじゃないけど、でも生きてるんだから今日も、生きるしかない。という結論にいつもいつもたどり着いてしまう。

だからこそ、自分以外の命のことを考えることもできるわけで。自分が幸せで、自分が一番、というようなわたしだったら、今のわたしなんかじゃないわけで。

そういう厭世的なかんじだと、どうしても世の中から遠ざかるし、それはもう仕方ないと思う。オメデタイ人たちと会っても、なにを話していいかわからないし。なにか聞かれたら困るし。「ほんとうのこと」を語れば嫌がられるし。

という人間社会で、わたしはどうやって生きていけばいいのか、悩んで悩んでやっぱり腰が痛いんだよ。

 

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Hachidoryは未来を守る・創る | 未来をつくる生活を提案するヴィーガンエシカルサイト Hachidory

類は友を呼ぶ、っていうけど、あれはほんとうなんだよね。

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ベジとかヴィーガンっていうのは、なると決めてなってしまえば、情報も、人間関係も、食べ物も、日用品もどんどん集まってくる。こっちが呼ぶから集まってくる。

そういうものだと思うんだよね。

 わたしの場合は「宣言」したので、もっといろいろわかりやすかったし、なんでも誰かが教えてくれた。

 類は友を呼ぶ、っていうけど、あれはほんとうなんだよね。

 

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ビューティー&ヘルス | 未来をつくる生活を提案するヴィーガンエシカルサイト Hachidory

劣等感にさいなまれていた自分がうそみたいで、ああ、比較されずにのびのび一人でやれるっていうのは、こんなにも楽しいことなんだな、としみじみしてしまう。

わたしはどちらかというと社交的なタイプだったので、ヴィーガンになると決めたとき、「さびしくなるんだろうな」と予想はしていた。でも、アニマルライツ運動に身を投じるのであれば、まあ、自分に対して矛盾のないようにしたかったし、なによりわたしは「差別をなくしたくて」アニマルライツ運動をやっているわけだから、動物たちを愛護動物とか畜産動物とかに分けてしまえばそれは差別なわけで、それは絶対にしたくなかった。だから、かなり早い時期に結論を出して身近な人に宣言し、ヴィーガン生活を始めたのでした。

 まあ、友達は減ったというか、しょっちゅう会うような友達はいなくなったし、外食は減っていき、いまではほぼ皆無となり、買い物も迷いながらも必要最低限のものだけ、取り寄せるか買いに行くか、というかんじになりうろうろすることもなく、娯楽といえば落語を聞くこと、あとは仕事、猫の世話、語学、といった日々で、さびしいというより、さっぱりした、さらに言うならばせいせいした感のある日々を送っており、自分の人生のなかで、今がいちばんいい。というか納得している。わたしは幸せなんだと思う。なんの後悔もないばかりか、なんでもっと早くならなかったんだろうとすら思うけど、きっと、わたしにふさわしいときだったんだと思う。だって、それまでもヴィーガンな人たちとの出会いはあったけど、そうはならなかったわけで。

 ではヴィーガンな人たちとしょっちゅう会いたいか、つるんで遊びたいかとかいうとそうでもなく、なんかものすごく自分自身に集中していて、こんなのははじめてなので、ヴィーガンなかまとヴィーガンカフェに行きたいかといえば、まあ、たまには行きたいけど、でも、べつにいっか、というかんじ。むかしのわたしが今のわたしを見たらたぶん別人にみえるだろう。

 語学も楽しい。いままでは、やはり、勉強とか義務感の域を出ない部分はあったけど、楽しい。大学であんなに劣等感にさいなまれていた自分がうそみたいで、ああ、比較されずにのびのび一人でやれるっていうのは、こんなにも楽しいことなんだな、としみじみしてしまう。

 あのまま年だけ取っていたら、と思うとほんとうに怖い。よかった、今の自分に出会えて。

 

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レシピ・料理 | 未来をつくる生活を提案するヴィーガンエシカルサイト Hachidory

 

セレブ、と呼ばれる人たちがいます。それは単なる金持ちとか、有名人とか、名門の出とかそういうことではないとわたしは思っています。なんというか「魂の階級」が高い人たちということだと思います。

魂の階級一覧表

いわゆる現世的な社会の階級とは全然別のこういう階級、というのはあるな、と思います。↑記事リンクしました。階級を表すことばとかはそれぞれだろうけど、いわゆる「愛」の対象が広がっていき、たましいのレベルが上がっていくというのは、わかります。

 このスピードは個人差があるし、どこまでいけるかも、個人によるものだと思います。努力しない人もいるでしょうし、もともとのレベルが高めの人もいるでしょう。

 

 セレブ、と呼ばれる人たちがいます。それは単なる金持ちとか、有名人とか、名門の出とかそういうことではないとわたしは思っています。なんというか「魂の階級」が高い人たちということだと思います。ノブレス・オブリージュとか武士道などということばもありますが、それにまた「魂」の要素がプラスされているかんじです。

 わたしはそういうセレブにたくさん出会いました。ヴィーガンになってよかったな、と思うことの一つです。

 

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映画・芸術・ヴィーガンの有名人 | 未来をつくる生活を提案するヴィーガンエシカルサイト Hachidory

安いから、はなんの理由にもならないし、かえって高くつくし、罪悪感が残ります。

ヴィーガンということで、衣類もアニマルフリーです。タグを丹念に見たり、お店のスタッフの方にいろいろ聞いたりすることが増え、いろいろくわしくなりました。もともと、何でも着れるほうだったので、あまりこだわりがなく、そのへんで適当に、知り合いの店から買う、というように生きてきましたが、その辺はかなり変わりました。

 衣類の素材や製造過程、ブランドポリシー、グローバル企業としての責任を果たしているか、なども考えて買うので、なかなか買えません。それぐらいで、ちょうどいいのだと思います。そして、消去法で残った選択肢から買うので間違いも減り、毎日着れて、大切に最後まで着るようになったと思います。買い物というのは、本来こういうことなのだ、と思います。安いから、はなんの理由にもならないし、かえって高くつくし、罪悪感が残ります。

 男物を選ぶことも増えました。女性ものにこだわる理由がないと気付いたから。とくにTシャツやスウェットは男性物はとくにいい。さっぱりしていて丈夫なものが多いです。女性ものは傾向としてファッション性が高いものが多いので、飽きるし、なんか集中できない。いまみたいな一番寒い時期にわたしが好んで着ているのは、チャンピオンのアメリカのМサイズで、かなり大きく、腰まですっぽり隠れるので暖かく、スポーツウェアなので、長時間着てても疲れない。エコ素材があって、ペットボトルなどを再利用しているというところもかなりポイントが高いです。ベージュとグレーを交替で着ているというかんじで、「私服の制服化」ということばがあるそうだけど、まさにそんなかんじで、考えなくていいからすごくいい。ああ、もう、ファッションに振り回される人生とはさよならできる。

 アニマルフリーは当然だけど、そういう「脱流行」「自分にとって、いちばんいい服」という当たり前のことに出会えたのもすごくよかったんだよね。

 

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ファッション | 未来をつくる生活を提案するヴィーガンエシカルサイト Hachidory

3月のライオン、おもしろい。コミックでもずっとよんでいたけど、アニメもいいし、映画もよさそう。

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3月のライオン、おもしろい。コミックでもずっとよんでいたけど、アニメもいいし、映画もよさそう。コミックでは食卓を囲むシーンが多く、ヴィーガンのわたしとしてはちょっと辛い内容なので、ここは残念なところです。作家の羽海野氏は、繊細で動物好きなので、もっと、犬や猫以外の動物たちのことも念頭に入れるようになってくれたら、もっと本気で応援したいと思います。

 

将棋のシーンはとてもいい。主人公の桐山零もさることながら、ほかの棋士もすごくいい。わたしが今、いちばん好きなのは土橋、という記事で、過去にいちばん好きだった島田を抜いていちばんになった。なんというか、こういう人が「つよい」んだな、ということを羽海野氏はすごくよく分かっている。

 まず、なんといっても将棋を好きで、愛していて、集中していて邪念がない。余計なことを考えていない。そこがいい。勝ちたいとか、負けたくないとか、見返したいとか、悔しいとか、かっこつけたいとか、認められたいとか、モテたいとか、そういう動機ではない。将棋が好きなのだ。ほんとうに。だからそのものに集中していて、ノイズが届かない。不純物がないために、燃費がよく、走りのいいエコカーに似ている。純粋に走りを追求しているため、遠くまで行ける。なにより、将棋を楽しんでいるかんじがひしひしと伝わる。

 主人公の桐山はいろいろたいへんな人生で屈折しており、だからこの物語があるわけなんだけど、桐山は将棋を「楽しむ」とかそういうかんじではない。だから、桐山の対局シーンは見ていてこっちもいろいろ辛くなるが、土橋の対局シーンはこっちまで楽しい。サッカーでいうと中田なんだよね。

 

 ということで、わたしも人生いろいろ背負っているので暗くなりがちなんだけど、土橋をモデルに、活動人としても語学人としても、やっていきたいと思ってる。

 

 

 

 

 

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